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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)1号 判決

原告 村山久江

被告 東京都人事委員会

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和六〇年(不)第八〇号不利益処分に関する不服申立事件について昭和六〇年一二月二五日付けでした原告の不服申立てを却下するとの裁決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は東京都足立区立西新井小学校の教諭であり、同校の六年二組の担任教諭であつたところ、同小学校校長久保田晃は、昭和六〇年九月二九日に、原告に対して同年一〇月一日から原告を六年二組のクラス担任から外すとの処分(以下「本件処分」という。)を行つた。

2  原告は、本件処分が地方公務員法(以下「地公法」という。)四九条の二第一項、四九条一項に規定する「その意に反する不利益な処分」に当たるとして、昭和六〇年一一月二八日、同法四九条の二第一項に基づき被告に対して審査請求の申立てをした(昭和六〇年(不)第八〇号)ところ、被告は、同年一二月二五日付けで、本件処分は原告の身分又は地位に影響を及ぼすものではないので同法に定める「不利益な処分」には該当しないとして、原告の申立てを却下する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)を行い、この裁決書の正本は同月二六日に原告に交付された。

3  しかしながら、本件処分は、次の理由により同法四九条の二第一項、四九条一項に規定する「その意に反する不利益な処分」に該当することは明らかであるから、原告の不服申立てを却下した本件裁決は違法である。

(一) 本件処分は、原告に担任教諭としてまつたく欠陥がないのに、一部の父母の言動に迎合した久保田校長が、あたかも原告に担任教諭としての欠陥があるかのようにして原告のクラス担任を外したものであつて、これによつて原告は小学校の教諭としてクラスを担任しその児童の教育に従事するという教師としての本質的な仕事を奪われることとなり、その結果、その本来担当していたクラス担任からその意に反して排除されたとの社会的地位の低下を招き、また、任命権者からは原告の実績が不良であつたとの低い評価をされることは必定であるから、教諭としての原告の今後の昇給、昇格に関し不利な扱いを受けるなどその身分又は地位に重大な影響を与えることになる。

(二) また、本件処分は、原告に対して懲戒権を有する久保田校長が多数の父母の面前で原告に担任教諭として欠陥がある旨を公表した際に行われたものであつて、これは原告に対する職務命令の形式をとりながらもその実質は原告に対する懲戒権の行使にほかならないと評価されるものであり、少なくとも原告が戒告程度の懲戒権の行使を受けた以上にその地位を侵害されたものというべきである。

4  よつて、原告は本件裁決の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因第1項及び第2項の事実は認める。

2  同第3項は争う。地公法四九条の二第一項の不服申立制度は、任命権者の違法又は不当な処分により地方公務員としての身分上の保障を侵害された職員の権利の救済を図ることを目的とするものであり、ここにいう「不利益な処分」とは、懲戒、分限その他これに準ずる処分で職員の身分又は地位に変動を及ぼすようなものをいうところ、本件処分は、原告の上司である久保田校長が原告に対する職務上の監督権に基づきその担当業務を変更するために発した職務命令にすぎないのであつて、原告の身分又は地位に変動を及ぼすものではないから、本件処分は同条に規定する「不利益な処分」とはいえない。原告は、本件処分が原告の昇給、昇格に関し不利益な扱いを受けるなどその地位に影響を及ぼすことになり、また、実質的な懲戒権の行使に当たるとして、これが「不利益な処分」に該当する旨主張するが、職員の昇給、昇格等はその勤務成績等に基づいて任命権者である東京都教育委員会が決するものであつて、原告が本件処分を受けたことが法律上直ちにその昇給、昇格に影響を及ぼすものではなく、また、職員に対する懲戒処分もその事由及び種類が法定されており、懲戒権を行使するのは任命権者である東京都教育委員会であつて校長ではないから、本件処分が懲戒権の行使に当たらないことは明白である。よつて、原告の主張は理由がなく、原告の不服申立てを却下した本件裁決は何ら違法でない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第一項(当事者及び本件処分の存在)及び第二項(本件裁決)の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は、久保田校長の本件処分は地公法四九条の二第一項、四九条一項に規定する「不利益な処分」に当たるところ、これが右「不利益な処分」に該当しないとして原告の不服申立てを却下した本件裁決には違法がある旨主張する。

1  そこで、まず、右「不利益な処分」の意義について検討する。

地公法四九条一項は、任命権者が職員に対し懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分(以下「不利益処分」という。)を行うときは処分理由書を交付するものとし、四九条の二は、不利益処分を受けた職員は人事委員会又は公平委員会(以下これらを「委員会」という。)に対してのみ行政不服審査法による不服申立てをすることができるが、不利益処分を除くほかの職員に対する処分については行政不服審査法による不服申立てをすることができないものと定め、五〇条三項は、委員会は、四九条の二第一項による不服申立てに対し、不利益処分を承認し、修正し、又は取り消し、及び必要な場合には任命権者に対し必要かつ適切な是正措置を指示すべきものとし、更に、五一条の二は、不利益処分に対する取消しの訴えについては委員会の裁決又は決定を経た後でなければ提起することができないものとしている。

ところで、地公法は、職員に対する分限及び懲戒処分について、その要件を法律の定める場合に限り、分限及び懲戒の手続も法律又は条例で定めなければならないとする等職員の意に反する不利益処分に対し、職員の身分を保障する各種の規定を置いている。不利益処分に対する不服申立制度も、このような職員の身分保障の一環として、任命権者の違法、不当な処分により職員が身分上の保障を侵害された場合に、独立性及び中立性を保障された専門的人事機関である委員会によりその救済を図ろうとする趣旨のものであると解することができるから、ここにいう「不利益処分」とは、右のような救済を受けるにふさわしいものでなければならない。このような観点から考えると、ここにいう「不利益処分」とは、任命権者のした処分であつて、同法四九条一項に定める懲戒処分のほか、職員の法律上の地位又は利益に対して何らかの法律上の効果を生ぜしめるものをいうものと解するのが相当である。けだし、不利益処分に対する不服申立制度は、職員の身分上の保障の侵害に対する救済を目的とするものであるから、職員の受けたあらゆる不利益をその対象とすることは広きに失するのであつて、職員の身分上の保障に影響を与えるような行為、すなわち、職員の法律上の地位又は利益に関して何らかの法律上の効果を生ぜしめるものに限り、この制度による救済を受けることができるとしたものと解するのが制度の趣旨に合致するからである。

2  そこで、これを本件の校長が原告を西新井小学校の六年二組のクラス担任から外した行為についてみることにする。

まず、小学校の教諭の法的地位について検討すると、教諭は児童の教育をつかさどるものとされるが(学校教育法二八条六項)、学級を担任するか否か等その具体的な職務の内容についてこれを直接に定める法律の規定はなく、具体的な職務の内容は、校務をつかさどり所属職員を監督する(同条三項)校長が発する職務命令によつてはじめて定まるものであつて、教諭は特定の学級や学科を担任することを法的に保障された地位にあるものではなく、またこれを請求する権利を有するものでもないといわざるを得ない。そうすると、本件の原告のクラス担任を外すとの校長の行為は、特定の学級の担任を解くという校長の職務命令であつて、これによつて学校教育法、地公法等によつて規定されている原告の教諭としての身分や賃金その他その法的地位又は利益に対して何らの変更を生ぜしめるものではないというべきであるから、地公法の前記規定に定める不利益処分に当たるものということはできない。また、右規定にいう不利益処分は、前記のように任命権者による処分をいうところ、本件の校長の行為は原告の上司である校長の原告に対する命令であるにすぎず、原告の任命権者である東京都教育委員会の行つた処分ではないから、この点においても右校長の行為がここにいう不利益処分とはいえないことが明らかである。

これに対して、原告は、小学校の教諭としてクラスを担当し児童の教育に従事することは教諭の本来の仕事であり、最も重要なものであるところ、クラス担任を外されることにより原告の勤務の実績が不良であるとの評価がされ、原告の昇給、昇格その他教諭としての地位に重大な影響を与え、また、クラス担任を外すことは実質的には懲戒権の行使にほかならないから不利益処分に該当する旨主張する。なるほど児童の教育をつかさどることが教諭の本来の仕事であることは原告の主張するとおりであるけれども、そうであるからといつて教諭が特定の学級を担任することを保障された法的地位にはないことは前記のとおりであるし、また、クラス担任を外されたことにより直ちに原告の昇給、昇格その他の処遇に影響が生じるものではなく、更に、懲戒権の行使は任命権者である東京都教育委員会が行うべきものであつて、原告が校長から本件命令をうけたことが、懲戒処分を受けたことになるものでもないから、原告の主張は失当である。

3  そうすると、原告を六年二組のクラス担任から外すとの校長の職務命令が不利益処分に当たらないとして原告の不服申立てを却下した本件裁決は正当であつて、これを違法であるとする理由は見出し難いものというべきである。

三  よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 今井功 藤山雅行 星野隆宏)

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